沖縄のお酒「泡盛」を知ろう!

沖縄旅行中の食事に、そしてお土産にも欠かせない沖縄のお酒「泡盛」

沖縄旅行中、沖縄料理と一緒に。そして、旅の思い出としてお土産にも人気の「泡盛」。オリオンビールの次は、お気に入りの泡盛を楽しむ…なんていう沖縄ファンの方も多いのではないかと思います。

今回は、そんな沖縄を代表するお酒の泡盛について学びたいと思います。

献上品として喜ばれた泡盛

「泡盛は日本最古の蒸留酒として約600年の歴史を誇り、九州の焼酎の源流も泡盛にあるとされています」と語るのは、今回の取材に協力頂いた、沖縄県酒造組合で書記を務める川畑哲郎(かわばた・てつろう)さん。この沖縄県酒造組合は、泡盛の普及活動に務める沖縄県の団体です。

泡盛は徳川幕府や薩摩藩への献上品として珍重され、日本に開国を迫ったペリーなど、外国からの来訪者をもてなすお酒としても振る舞われたという歴史的な記述も残されています。

また、泡盛は、年月をかけて熟成させることで、“古酒(くーす)”として“お酒が育つ”のも大きな魅力です。寝かせば寝かすほど香りも甘くなり、口に含んだ時の舌触りもまろやかになります。

戦前までは100年、200年といった古酒が数多く存在しましたが、先の大戦で途切れてしまいました。しかし、熟成を重ねて100年以上の古酒を育てる技術は、今も「仕次(しつ)ぎ」として琉球王朝時代から伝わっています。年代物の古酒に、少し若い古酒を注ぎ足すことで、古酒の熟成した香りや芳醇さを保ちながら、泡盛を劣化させないようにする手法です。

現在は、仕次ぎをしながら子や孫、ひ孫へ100年古酒を継承できるような取り組みも進められています。

泡盛の名前の由来

各酒造所の泡盛が数多く並ぶ

なぜ「泡盛」という名称が付けられたのか。 実は、「泡盛」という名称の登場はそれほど古くなく、1671年のこと。その年に琉球王国の尚貞王(しょうていおう)から四代目将軍・徳川家綱へ贈られた献上品の目録に「泡盛」の記録があり、それが「泡盛」という名称が使われた初のケースとされています。

それまでも、幕府への献上品として、琉球王国から泡盛がたびたび贈られていたのですが、1671年以前は「焼酒」や「焼酎」と表記されていました。

では、なぜ「泡盛」という名前が付けられたのか。実は、その真相は明らかではなく、次に挙げた4つの説がこれまでに唱えられています。

〇粟説
沖縄の歴史学者・伊波普猷(いは・ふゆう)氏は、泡盛の原料に米と粟を使ったことに触れ、粟で蒸留酒を造ったことから、「粟盛り→泡盛」になったと説明しています。他にも、粟説を唱える1700年代の文献(成形図説、島津家)もあります。

〇サンスクリット語説
古代インド語のサンスクリット語で、酒のことをアワムリというそうです。それが伝来して泡盛になったという説。

〇薩摩命名説
薩摩藩が徳川幕府への献上品として酒を贈る際、九州の焼酎と区別するために「泡盛」という名前を付けた、という説。

〇泡説
昔、蒸留仕立ての酒は、泡を立ててみることで、できがいいかどうかを調べたのだそうです。その方法は、片手に茶碗や猪口を持ち、もう片方の手で酒を数十cm上からその器にゆっくり落としていき、泡立ち具合を見るというもの。良いでき具合であればあるほど、細かい泡が盛り上がり、泡が消えるまでの時間も長かったとか。このような習慣から、泡を盛る、泡盛という名前が付けられたという説。

さまざまな説がありますが、真相は定かではありません。

泡盛の原料はなぜタイ米?

日本米(写真左)とタイ米(同右)。日本の米とはイネの品種が異なり、
長細い形と粘りが少ないのが特徴

泡盛は原料のタイ米全てを沖縄原産の黒麹菌で米麹にし、水と泡盛酵母を加えて発酵させます。これを「全麹仕込み」といい、焼酎のような2次仕込みはありません。黒麹菌のみの酒造りを行っている地域は、世界的にみても非常に珍しく、沖縄だけといわれています。

タイ米は硬質米でさらさらとしていて米麹(米に黒麹菌を生やしたもの)にした時、作業がしやすいことが挙げられます。また、水や酵母を加えてアルコール発酵させる時の温度管理がしやすいということ。そして、他の米に比べてアルコールの取得量が多いというのも大きなメリットです。

今では泡盛を造るのに最適な米として、全酒造所で使われています。もちろん日本米でも泡盛の製造は可能で、実際に日本米を使用して製造された商品もあります。

酒造所の泡盛への思いは“ラベル”に

泡盛は銘柄によって風味や味わい、香りが大きく異なるため、幅広く楽しめるのも魅力の一つ。県内では、47もの酒造所から作られ、各酒造所の“泡盛”への思いはラベルにも込められていて、レトロなタイプから芸術性に富んだものまでさまざまです。バラエティー豊かな絵柄から、お気に入りの泡盛を探すのもいいかもしれません。

沖縄を感じさせるラベル(沖縄県酒造協同組合提供)
沖縄の穏やかな海を表現し、ブルーを基調に清涼感を出している(沖縄県酒造協同組合提供)
10年貯蔵熟成させた本商品は、デザイン面でアメリカのクリオアワード国際パッケージデザインでファイナリスト賞を受賞(沖縄県酒造協同組合提供)

泡盛に関する小話

最後に、いくつか泡盛に関する話題を取り上げてみたいと思います。

〇泡盛は低カロリーで太らない?
泡盛は蒸留酒なので、糖質やたんぱく質を含まない、カロリーが低いお酒です。アルコールは0cal(カロリー)ではありませんが、体内でエネルギーとして利用されにくく、熱として放出される率が高いそうです。日本酒と泡盛の水割りを例にとって比べてみても、その差は約40kcalになり、泡盛が低カロリーであることを物語っています。もちろん、節度ある飲み方やおつまみの食べ過ぎなどには注意しましょう。

〇沖縄県民は泡盛を「シマー」と呼ぶ
沖縄の居酒屋で、お客さんから「シマー」という言葉をよく耳にします。沖縄県民では、泡盛のことを「シマー」と呼びます。そもそも泡盛のことを「島酒」と呼び、それから「シマー」と呼ばれるようになっています。

ハブが入った泡盛がある!?
沖縄に生息する毒ヘビ・ハブ。それを泡盛に漬け込んだハブ酒があります。見た目のインパクトは強烈ですが、滋養強壮に良いとされています。毒ヘビですが、長時間アルコールに漬けることで無毒化されるそうです。お土産品店で見掛けます。

見た目がものすごいインパクト! 目が合うと…ちょっぴりコワイ

〇琉球王朝時代、泡盛の製造が許されたのは首里の酒造所だけだった!?
琉球王朝時代、王府からの命を受けないと、泡盛を造ることが許されませんでした。当時は首里城周辺の鳥堀(とりほり)、赤田(あかた)、崎山(さきやま)の3つの地域のみ製造が許され、「首里三箇(しゅりさんか)」と呼ばれていました。現在でもいくつか蔵元は残っており、那覇市では「首里三箇」を巡るガイドツアーもあります。

“戦前の泡盛”の復活は東京大学のおかげ!?
戦時中、首里三箇も激しい攻撃を受け、泡盛造りには欠かせない黒麹菌も壊滅したと思われました。しかし戦後に、蔵元で土に埋もれたニクブク(稲のクキで編んだムシロ。泡盛造りに重要なアイテム)の中から奇跡的に黒麹菌を発見したことで、泡盛造りが途絶えなかったといわれています。また、東京大学の教授が、戦前に各泡盛メーカーを回って黒麹菌を採取していたことが判明。相当な年月は経っていましたが、東京大学の実験室で発見された際、黒麹菌は生きていて、その黒麹菌を培養することで、戦前と同じ泡盛を復活させることに成功しました。

蛇口から泡盛がドバドバと…
沖縄の居酒屋のドリンクメニューにある泡盛。通常はとっくりやボトルで提供されますが、ある居酒屋では、蛇口から泡盛が提供されます! 泡盛を注文すると、店員から蛇口の取っ手を渡され、各席に設置された蛇口に取り付けてひねると、泡盛が蛇口から出てきます。飲み放題ということで気兼ねなく飲めますが、節度ある飲み方を心掛けてください。

泡盛が蛇口から出てくるなんて夢のよう…(海援隊沖縄提供)

今後も「オリオンストーリー」では、沖縄のお酒に関する情報を紹介していきますので、お楽しみに。


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